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スモールデータで革命を起こす

 いま
世の中はビッグデータの話は溢れているが、computer雑誌を見ても、大手会社のエリートたちのデータサイエンスの手法とかいろいろ載せています。
正直、半分でもわかりませんでした。
IT技術者の一人としてちょっと恥ずかしく感じます。
自分にはなんにもできないですか?
もう時代遅れていますか?

また、スモールデータという素晴らしい記事が見つかりました。
読んで、まさにこれだ、まったくの同感であります。

そもそもサーバーというものは本質的に中央集権的で独占的なもので、
ビッグデータはそれ以上で、メインフレームに相当する、一般人、中小会社の手はなかなか届かない存在である。

逆に、スモールデータは民主主義みたいに、誰でも弄られる、使えるもので、とても優しい感じがします。

自分もこれから、スモールデータをtargetに、庶民(一般人)のために、チャレンジしていきたいと思います。

最後に
ビッグデータは忘れよう、スモールデータこそ真の革命! を添付します。
(日本語版は「福野泰介の一日一創」よりの転載です。)

ビッグデータは忘れよう、スモールデータこそ真の革新

ビッグデータが大きな話題になっている、たとえば、世界中の多くの都市で今週、イベント“ビッグデータウィーク”が開催されている。しかし、ビッグデータの話題はもっと大きく重要な事実を見過ごしている。真のチャンスはビッグデータではなく、スモールデータにある。集中する鉄の塊ではなく、分散したデータが熱い。「ひとつの指輪がすべてを支配する」ではなく、「小さなデータがつながる」のだ。

このコンピュータの時代、ビッグデータが皆を魅了している。「もっとたくさんのデータがあるぞ!(コンピューターの登場依頼、ずっと続いているものだが)」という思想はテクノロジーを知っている風の人間がそれらしくみせるための、最新のトレンドとして着飾られたものである。

これでは、もっと重要な、真の革命を見過ごす危険がある。それは、あらゆる人があらゆるデータのアクセス、保管そして処理する、全員民主主義である。これは大量のサーバーを使って、大量のソフトを並行実行する大企業に限ったことではなく、小さなデータや情報の生態をうまく使うことのできる個人の話である。

高額なソフトの話をするのは間違っている。大きいということに価値あるということなら―−ビッグデータについて話すということがおかしいということにいつかは気づくべきなのだ。重要なのは大きさではない――データを持つということだ。データがどんな大きさであれ、問題を解決するかどうかが重要である。

多くの問題解決において、スモールデータで十分だ。家庭での電力消費のデータ、市バスの時刻表、政府の出資――これらはスモールデータである。あらゆる事柄はExcelで処理できるような小さなデータなのです。ハンズ・ロスリングもスモールデータを使用することによって、人口の変遷や識字能力を使って、世界の様相を示しています。

この技術を高めるためには、スモールデータをコンポーネントごとに分けることだ。スモールデータのパッケージを作り、相乗効果を産ませることだ。ビッグデータのモノリスを完成させることではない。人々と組織の仕事で生じた問題を分解するだ。大量に集中させたサイロを作ることではない。

次の10年間を創るのは、中央集権モデルではなく分散モデル、支配ではなく協調、ビッグデータではなくスモールデータである。

真の革命を起こしたい?であれば、私たちと一緒にそれを実現させるためのツールとリソースを創造しよう。――登録はこちら。

http://blog.okfn.org/2013/04/22/forget-big-data-small-data-is-the-real-revolution/


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